自動販売機の前に立ったが、欲しいドリンクは売切れだった。大袈裟なため息をついて踵を返す。本当に今日はついてない、本当に。
ダブルス1が始まっているのか、コートから氷帝の声援が聞こえた。スカッドサーブが炸裂しているのだろう。鳳の強烈なサーブを返せる奴はそうはいないが、おそらく自分なら返せるだろうと思う。直接試合をしたことはないが校内戦で何度か見た。その限りでは、返すことも不可能ではないように思えた。他のやつなら無理かもしれない。しかし、自分にならできる。
階段の上からはコートが一望できた。向日がタオルをかぶったままうな垂れている。横で跡部が余裕のたたずまいだ。たかがダブルス2が負けたことぐらい、屁にも思っていないのだろう。負けた奴は外せばいい、それだけのことだ。
いまだグリップの感触が残る手のひらが気持ち悪い。握りを繰り返してなくそうとしたが思いのほか強固で、しばらく我慢をするしかなさそうだった。そんなにも強く握り締めていたのか。
跡部が振り返って忍足を見付け、笑みを浮かべる。あからさまな嘲笑だった。彼は忍足がダブルスを専門に扱う理由を知っている。
もう一度、自動販売機に向かった。もう喉を潤すことができるならなんでもいい。ポケットに入った小銭のほうが、鬱陶しかった。
忍足は、ダブルス専門というよりはシングルスを嫌っていた。知る者は少ないが、その理由は彼が天才であったからだ。
現在の氷帝で忍足にシングルスで勝てるものは少ない。ひょっとすると跡部でさえ、その中に入ることはできないかもしれない。忍足にとってシングルスは、必ず勝てるつまらないゲームだった。
ダブルスはパートナーが思い通りに動かない、コンビネーションの隙をつかれる、追い詰められる、スリルだ。そのスリルのためにダブルス専門を気取っている。シングルスがこれといって強いわけでもなく、ダブルスに回されている向日には酷なことをしたかもしれない。
しかしダブルスで得られるスリルは、忍足が理想とするものではなかった。ダブルスはたしかに追い詰められるという恐怖があったが、同時に苛立ちもつのった。シングルスにはない嫌悪感だった。
シングルスでは追い詰められると、自然といつも以上の力が出る。負けたくない一心でひたすらにボールを追いかける。コートには敵とボールと自分しかいない。その世界は好きだった。ただ、自分に相応しい敵がいなかった。
出てきたドリンクをそのままに、忍足はすこし思案をめぐらせた。青学の天才がこっちを見ていた。忍足が盗んだスマッシュ返しのオリジナル、同じ「天才」と言う異名をとっているあの不二周助だ。忍足と不二、どちらの方が強いのだろうか。
体力や腕力は他のレギュラーと比べてやや劣る不二だが、そのぶん技術面では他をよせつけない。羆落しやつばめ返しといった技をそらでやってのけるのだから、能力値の高さは推し量れようというものだ。
忍足もいくぶん苦労したとは言え、その羆落しをやってのけた。不二に勝らずとも劣りはしないだろう。加えて忍足は肉体的なハンデもない。あるいは勝てるかもしれない。
今はあの手塚国光よりも不二周助とやってみたい。彼は本当に天才だ。初めて試合を見たとき、感動さえ覚えた。柔らかいフォーム、静かな打球、それを繰り出す彼自身に。
試合が終り笑顔で握手をすませベンチへ戻った彼は、迎える仲間に笑顔で応えた。タオルを渡され汗を拭くその顔が、一瞬だけ、曇った。
タオルを肩に掛け、ゴールデンペアの片割れに何か話し掛けられているようだった。バカみたいにはしゃぐ片割れがコートに目を向けた瞬間だ。タオルで汗を拭くふりをして、まわりの視線をさえぎった。酷く、つまらなさそうな顔をした。
なるほど、と忍足は納得をした。その表情からはつまらないゲームを終えた自分と、まったく同じ感情が読み取れたのだ。
忍足は口端を上げた。そんなことは、いまさら考えても仕方のないことだ。
この試合どっちが勝っても、負けたほうの三年は引退になる。少なくとも大会には出ないだろう。なにより忍足自身がオーダーに組まれることがなくなる。一回でも負けるとレギュラーから外されるのが氷帝だ。
個人的なアポイントメントをとらない限り、天才同士の対決はありえない。逆に言えば、個人的にであればどのような試合も望めるのだ。
例えばダブルス専門の忍足がシングルスで不二と、でさえも。
取り出し口に手を入れてドリンクを取り出す。プルトップを開けて一気にあおると、炭酸が喉ではじけて落ちていった。運動後の炭酸はすっとする。それでも、どこか好きになれないのだ。
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