不二周助は連続して行なわれる試合も、顔色ひとつ変えず難無くこなした。しかし相手がスマッシュを放ったとき、不二の笑顔が消えた。
何がなんだか分からなかった。忍足は目の前で起こった出来事に、ただただ惹きつけられた。
体格に恵まれているとは言えない。レギュラー内でも身長は一番低いらしいし、テニス部全体で見ても低い位置にいる。腕も細く、力が強そうにはとても見えなかった。しかし、その彼がレギュラーで、しかもナンバー2でいる所以はここにあったのだ。
スマッシュをダイレクトに返す。常人にはとても真似できない技。
それが彼の天才たる所以。
背すじがぞわりとした。闇の中に小さな穴がいくつも開き、重なって、終いには闇を破ってしまう。不二周助という天才への興味で埋め尽くされた。
「どうだ、不二周助」
同じことを聞く跡部に、同じ答えでは返せなかった。フェンス越しの彼に、彼の動きに視線を囚われたまま、さっきの跡部の緊張の理由はこれかと納得した。
「すごいな…」
さっきと何ら変化はないはずなのに、不二のサーブから目が離せない。
「天才って、ほんまにおるんやなぁ」
隣で跡部は薄く笑っている。お前も天才だろうと言いたいのだ。
「やってみたいと思うか?」
「そやな、一回くらいは」
今度の大会ではもしかしたら青学と当たるかもしれない。そのとき不二がダブルスで出るなら、あるいは忍足がシングルスで出るならば可能だ。しかし忍足がシングルスで出ることはまずない。だがオーダーを決める跡部がそう命令を下せば、あり得ないことではない。
「やらせねぇよ」
「…なんて?」
「やらせねぇっつったんだよ。向こうがダブルスで来たらお前をシングルスに回す。シングルスで来たらダブルスだ。お前とは絶対に当てねぇ」
言葉を発するたび、跡部の表情が険しくなっていく。忍足は跡部がそう言う理由がなんとなくわかるような気がしていた。
跡部は普段えらそうな態度をとってはいるが、根はいい奴なのだ。忍足が極めて個人的な理由からダブルスを専門とし、それによって組んでいる向日が損をしていることが怒りにつながっている。
向日がこうむっている損、つまり忍足の勝ちに対する執着の薄さが起因となる敗北のことだ。シングルスになれば話は別だが、ダブルスで忍足は、信じられないほど勝ちに興味が薄い。思いどおりに動けないことや、パートナーの能力の低さが敗因だと忍足は感じている。
しかしそれは逃げ口上だと跡部は考えていて、忍足自身もそうなのだと気付いている。最大の敗因は忍足自身だ。
跡部はそのまま忍足をおいて帰った。
跡部の言葉には少し戸惑いを覚えたが、理由が理由であるだけに反論はできなかった。彼は忍足に気付かせるためにここへ連れてきたのだ。しかし、何を気付かせるためなのか、いまだ忍足にはっきりと掴めなかった。
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